猫さんロードと裏猫日記

猫を通じて生き方を学んだり

病について寿命について

生を受けた瞬間から生物は死に向かうだけです

回避したくてもどうにもならない宿命なのです

それから逃避し藻掻くのが病だと言う事ですね

無数の病名が作られその病名に寄って治療を施すのですが

悲しいかな最終的に死を迎えるだけです。

藻掻き足掻く姿が治療と言う本来の生物にはあり得ない施しを行うのが

人間と言うものかも知れませんね。

 

考えようによって症状だけ取り上げれば

痛い、苦しい、だるい、ふらつく、痺れるのような

数種類しかありません。

たったそれだけの事です。

生きているからにはそれくらいの事はあって当然

何れ命は終わる事を考えればその程度の症状の為

日々の生き方まで変わってしまう事の方が恐いですね。

こうしてブログ書いていても明日、いや数時間後にはどうなっているか

わからないのです。

いくつかの症状があっても病気と紐づけしてしまうと

人生そのもの失われてしまうかも知れませんね。

紐づけしないで、だるいなとしんどいなと思えば身体を休め

痛ければ原因なんてどうでもいいので痛みが治まるのまてばいいし、

治まらない程の痛みなら痛みだけ取り払えばいいじゃん

突き詰めて調べたところで人生が変わるようじゃ駄目だよね

そのために生きる闘病者なんて何のために生まれたのかわからなくなりそうね。

 

どうせ考えるのなら逆説の方が単純でいいように感じるね

塩分の撮り過ぎが高血圧に繋がるのなら

何故その塩分を摂りたくなるのか

糖分撮り過ぎなら何故摂りたくなるのかね

身体は維持するのに必要なものを取り込むのだから

長生きとは関係なく最高の状態に維持するための手段とも取れます

摂取を控え緩やかに生きるのではなく

今のパフォーマンスを上げる為の行為とも取れます。

低燃費で長く走るより短くとも最高の出力で走る

そんな事かも知れせんね。

 

命の長さだけを伸ばしていたら

きっと出力は低下すると思います。

この世に医者と薬や健康食品が消えてしまえば

みんな最高のパフォーマンスで行く事だろうね。

エンジン全開!