言葉を置き換えれば「救えない命は救えない」と言う理論ですけどね
どう言う判断で救える人と救えない人を判断するのでしょうね?
命の選択だとか色々意味ありげな言葉は飛び交いますが
理想論の域なのでしょうか?
もしちゃんと選別が出来るのならその言葉も輝いて来ますが
選別できないのなら「救えるかも知れない」に言葉を変えて欲しい
病院で最善を尽くしても助からないものはやはり助けられなかったって
証明しているよね。
政府もただの人の集まりだし
専門家もそれと同じです。
大衆も似たり寄ったりです。
他力本願にすがるとただ責めるだけの展開ばかりですね
自分としてはそう言う選別は適当にしてもらって良しです
自己の中では完結しているので
それで命を落としたからと言っても責めるのは自分自身です。
この先コロナに感染するかどうかは不透明ですが
陽性となれば何らかの措置を強いられるでしょう
それも本意では無いので生きようが死のうが
それに対して異議はありません。
たらい回しであろうが手遅れだろうが騒ぐ必要は無いですね
出来れば命の選択外扱いで十分です。
そこまでして生きるほどの執着はありません。
家族が耐えられるなら自然死を選びます。
それも中々叶わないですけどね
世の中殆ど心が無いのだからその無機的な支援はお断りします。
苦から逃れたいばかりの生き物に身を任せること自体苦悩になります。
人を心から助けたいのなら泣き言はタブーです。
医療崩壊なんて言葉も聞きたくないですね
崩壊させるつもりも無いのでやはり命の選択外に置いて下さい。
責めるのは自分自身だけで良しです。