このところあまりニュースを見ていないので本当にいつもと変わりの無い日々が
続いています。テレビも聞き流す程度なので総裁選なども軽い流れとして
受け止めています。
野党の言うほどの変化の無い政治とも思わないけれど
社会構造から行くとそう言う流れも見えているのだから
敢えて攻撃材料にしなくても良し、それより世の流れを変えるだけの
政治をしてくれればどの政党でも良し。
構造上は似たもの同士には違いない。
良い兆しが流れてくればいいだけ。
野党は口を開けば行き過ぎ
与党も同様に口から出る言葉だけが行き過ぎです。
何事も革命を起こさない限りゆっくりと進むべき。
勢い余ると落ちるだけです。
日々猫さんロードを歩くと
江戸時代の生類憐みの令を行き過ぎない程度にあればなあと思います。
綱吉さんは儒教に関わりそのような考えに達したのでしょうが
そんな事は自分の心から出て来ないといけませんね。
力で作る政治は行き過ぎになりますよね
基本的な生き物に対しての考え方は良いと思いますが
罰則が伴うと反感だけが返ってくるでしょうね。
そんな心持が自然に浸透するような令であればいいだけです。
豊かな心を生む政策と言うのでしょうか。
現在でも餌やり禁止やお咎めは貧しい心から発するもので
法律上は良しです。
条例は一部禁止などもありますが
生類憐みの心の無い人達がこぞって出来た悪法みたいなものでしょうね。
こんな場面が許されるのなら子育て出来ない親は子捨て、子殺しも
許される程度の条例です。
命の重さの差別も小さくしたいものです。
生類憐みの令は悪いところばかりでは無いと思います。
海外では犬猫の売買禁止国もあります。
生類憐みの令にもそれがあるように生き物は売買する「物」ではないのです。
色々な生き物に対しての令が連なっているようですが
その根本は
命を大切にするところから始まっているでしょうね
宗教なども恐らくそれらの事を説かれていると思います。
無駄な殺生は避ける=命の大切さ
そう言流れは時代と共に変わり今では犬猫の放し飼いは禁止のような感じですが
これも不変的なものでは無いのでそれに対するお咎めはしない方がいいですね。
餌やりも同様です。
みんなの心が閉鎖的だから好ましく無くなっただけで
もっと心が大らかであればいいだけです。
心の広さ=包容力
政治も関連して居ます。
だらしない政治の中で命の重さなどが偏り過ぎましたね。
虐待などは罰せられ餌やりも好ましくないなんて矛盾があちこちに
散りばめられてね。
そんなに邪魔でどうでもいいのなら殺せばいいじゃんと誰かが言えばいい
なのに殺処分ゼロに向けた流れも綺麗ごとだしね。
殺処分ゼロにする前に殺処分する猫や犬を生まれる前に処分してしまうような
耳切れ猫達、そんなに命が軽いのか?
みんなが動植物に対して包容力あればいいだけじゃない?
包容力の無いあなたが綺麗ごと言っても始まらないけどね。
表面だけかじって正当性主張する前に
生きてる事の意味をずっと考えてごらんよ。
誰かに教えられたり決めごとを確かなものとして捉えるのじゃなく
自分の心の良心に問えばいいだけ
答えが出るまで悩めばいいだけ。
そうしたら蚊の一匹でも多少の罪を感じる事でしょう。
深く考え深く悩めば少しはわかると思うよ。
何故蚊が止まったら叩く?
何も考えず叩くよりはそんな事を色々考えて叩けば
心が少し広くなり開放されると思います。
蚊も生きるために必要最小限の行動だけどね。
人もまた同様に生きる為の必要最小限の行動にしましょう。
今生かされているのは動植物の恩恵に依存して居ます。
どんな生き物も同じように営んで居ます。
猫さんロードの猫さんみんな可愛いです。
成長を楽しみにしています。
僕だって世界から見放されたら生きる事はできないもんね。