猫さんロードと裏猫日記

猫を通じて生き方を学んだり

基本は在るがままに(自由)

生まれた瞬間から色々な知恵を持たされ色々な礼儀作法や常識をインプットされて

しまいその都度、在るがまま(自由と自然)は失われ、まるで生きたロボットのような

生き物が私達です。

自由を剥奪されてしまった生き物はロボットです。

生まれてから死ぬまでロボットを演じ続けるなんて、何と無駄な時間を費やす事でしょう。

 

生きたロボットの為に世界の自然は壊されて行き

生きたロボットの為世界は滅びゆくのです。

 

この人と言う生きたロボット以外は

在るがままの(自由)生き方しか出来ません。

それは自然と共に歩み生涯を遂げるだけ

 

また最近コロナウイルスなど騒がれていますが

生きたロボットと違い自然界の生き物はそれに対して無防備です

無防備こそが在るがままの世界であり自然との調和なのだと思います。

生きたロボットは知恵が膨らみ過ぎ、防備に長けています。

それはやがて在るがままのの自然を無き者にするのかも知れません。

その時生きたロボットは恐怖におののき

成す術が無くなる事でしょうね。

 

ワクチン開発、抗生物質は自然界の営みを根底から変えてしまう事でしょう。

永い永い目で見れば、その行為そのものがただの延命治療だと言う事を

悟る事でしょう。

 

同じ星に生きる生物は共存共栄の道を在るがままに歩いて来たと思います。

それが自然淘汰であります。

そこに延命治療など一切ありません。

この星で生き延びる為の生存競争は生きたロボットだけの世界では無いのです。

どんなに手を尽くしても最終的にはその流れは変わらなかったはずです。

その流れを変えてしまった生物が生きたロボットですね。

自ら放った矢が何れ己に向かって落ちてくるだけです。

 

生物は生まれ来ればやがて死を迎えます。

その死ぬための材料をいくら撲滅したところで

死が無くなるわけではありません。

目先の恐怖に捉われて在るがまま(自由)を失えば

生きている事の意味すら解らなくなる事でしょう。

死から逃避するのにわざわざ回避する必要は無いのです。

何故ならその先には死が待っているだけ。