運命論からいくと運命は不動のもので変えるだとか変わるだとかはなくて
誰もが時間の流れと共にそれに従って日々の生活をしているのだと思います。
努力すれば変える事が出来るのなら何の為に生きているのかも怪しくなりますね。
運命が決まって居ると言うとそれこそ「何の為に生きているのかわからない」と言われ
ます。
努力して運命を決めれるのならみんな幸せになれるはずだし何事も
乗り越える事が出来るはず。 そうならないのが運命なんでしょう。
また運命論から行くと何事も自己責任のようなもので結果は
自分に帰属するのだと思っています。
例えば僕が医者にかかり誤診があったとしても手術に失敗があったとしても
そこへ向いた自分に責任は戻るだけでそこへ向かった自分が選んだ運命でもあります。
医者に依存する自分がその責を負います。
そうなりたくなければ医者にも薬にも依存しないで身を任さないと言う
選択に尽きます。
病に見舞われ不幸な結果も良い結果も運命の成すところで医者の努力や
自分の努力とは関係なく決まった方向に向かってしまうのでそれで悩んだり苦にしても
精神上は良い事はないでしょうね。
運命は変えられると思っている人はきっとパラレルワールドのような世界を
描いているのだと思います。
今日の努力は明日(未来)報われるだとかですね。
運命論的には努力しても努力しなくても決まった結果へとひたすら
歩んで居る事になります。
どちらに傾倒していたとしても今を大事に生きる事がとても
大事な事だと思います。
未来は解らない事で運命論は成り立っています。
解らないからこそ、そこに努力や夢、そして希望が持てると言う事ですね。
決まって居たら努力も夢も希望も無意味だなんて考えてしまうのは
パラレルワールドの世界です。
解らないから落ちる飛行機に乗ったり災害の渦の中に飛び込んだりするのです。
運命は決まっていると言ってもどんな運命かは知る手段はありません。
過去を振り返れば今日までの事が刻まれています。
あの時こうしていれば違った人生を歩んでいただろうな、なんて言う話はありますが
あの時そうしたのが運命なんですね。
パラレルの世界では過去のそう言う話は出来ても現実は変えられないのが運命論です。
過去が変えられない様に未来も変えられないのです。
運命が決まっていても決まっていなくても今をどう生きるかはあなた次第です。
少しでも楽しく良い人生を今、送る事が全てです。
現代科学を以てしても運命を解明は出来ないだろうと思います。
ビッグバンと呼ばれるこの時から運命は内包されているのではないでしょうか
宇宙の息吹も含めて全てが決まった方向へ決められた通りに向かうように
なっているのではないでしょうか。
進化もそれに従い決まった通りの約束事のようなものです。
僕もまた決まった通りの約束事を無意識の内に行っているのでしょう。