ボヤキブログ

ただボヤクだけ

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僕がブログを始めたのは10年前でした

 

ヤフーブログ言う場所で‥‥

 

自分はもう良い意味で成長した大人だったと思い込んでいました

 

成人から15~16年間は人との接触を避け続け

 

世の中に転がっている答えに納得出来ず

 

自分で考え自分で答えを見つけ自己を確立していた

 

ところが全く未熟者だと思い知った。

 

ブログ三か月目にして挫折

 

その後何度も開設、閉鎖を繰り返してしまいました

 

元々僕は人の考えて居る事を見抜く力がそこそこあり

 

その力が方向を間違えたのでしょうね

 

お笑いがあまり好きではないのも

 

先にオチが見えてしまうから笑えないのです

 

 

初めて漫才に連れて行って貰ったとき

 

みんなが笑うところで上手く笑えない自分に気づきました。

 

こんなんだから人と接するのは超苦手です。

 

 

 

ブログなら文字だしと軽く考えて居ましたが

 

甘かったですね

 

僕以上に感性の鋭い方と出会い深く傷ついてしまいました

 

それが閉鎖の理由でしたが振り返ると僕はとんでもない醜態

 

晒してしまったんだなと後に気づきました。

 

傷ついた事を素直に認めれば良かったのですが

 

それが出来ていなかった事と

 

深く傷ついたのは相手なんですね

 

そりゃそうさ僕より感性が鋭いって事は

 

僕の何倍も傷つけてしまっているって事でもあります。

 

恐らく僕はその方から見れば幼稚でガキだったでしょう。

 

その方はブログでは

 

「詩」のような文章を書かれていたのですが

 

その「詩」の受け取り方を僕は間違って捉えてしまい

 

自分で自分を追い詰めて挫折するわけです。

 

振り返るともう何でもないのですが

 

その当時は酸素不足になるような思いで読んでしまったようです。

 

単純にと言う例えば

 

あなたは生きる価値がありませんと書かれていたとすると

 

そのあなたはどんな人の事だろう?

 

程度で済むのですが

 

そのあなたを自分に見てしまうのです

 

そうすると僕は生きる価値の無い人間なんだと思い込む

 

そのような錯覚ですね

 

実際にそんな詩が書かれては居ません

 

例えばの話です。

 

それはその方が詩を書く時、必ず対象になる人が居る事を

 

僕が知っているからなんです。

 

他の人にはただの「詩」なのですが

 

僕にとってはその対象は誰?となるわけです

 

僕ではない人の詩も自分に当てはめると恐怖を感じました。

 

被害妄想そのもの。

 

何故僕がそこまで酸欠状態になったかと言うと

 

僕も人の心を見抜く力はそこそこあったつもりですが

 

その方はそれ以上にあった事で僕の歯車が外れてしまい

 

狂いに狂ってしまったようです。

 

千里眼のような方です

 

僕とじゃ大人と子供ですねえ

 

ただ本当に深く傷付いたのは僕ではなくその方だったでしょうね‥‥

 

こう言うメッセージを頂いた事があります

 

ひでが閉鎖を決めて

わたしが書けなくなったことを…


また繰り返しますか…

 

プライベートな事ではありますが

 

また繰り返してしまった未熟者が僕ですね

しかも何度も‥‥

 

画面の詩はその方の詩です

その詩の対象は間違いなく僕なのです

またそれが解るのも僕自身しかわからない事だと思います

抽象的な文章です

これが僕宛てだとわかる僕も大したものです(笑)

 

 


酒と泪と男と女(カラオケ)歌

 

 

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