猫さんロードと裏猫日記

猫を通じて生き方を学んだり

生と死

生きる事を前提とした上で生活を送ると

将来の事を考えたり命の在り方が大きな問題となって来ます

僕の場合はどうしても必ず訪れる死が前提に来てしまいます

そこで前者を前提とした命の在り方考え方にズレが出て来てしまいます。

将来を見据えてモチベーションを持ち何かにトライすると言う気持ちなどは

殆ど無いのもそのためです、かと言ってどうせ死ぬんだからと言う

投げやりな気持ちも毛頭ありません。

また死の切符の行先は見ていないのでそれが病なのか事故なのかも

あまり意味が無いのです、その辺りは死が前提となっているので

生きる事を前提とした考え方とは違うと思います。

わざわざ必ず訪れる死にあまり逆らうつもりはありません。

新型コロナであろうが事故であろうが一つの命が終わるのに

選ぶほどの技量はありません。

一日に平均すれば3000人以上の死亡だと統計上はあるわけだから

どう避けて藻掻いても死が前提にあればそれほど悩むものではないからです。

まだ新型コロナは一日の統計のデーターにも満たないくらい微々たるもので

最高に達しても恐らく癌を抜くほどの統計はでないでしょうね

それまでに終息すると考えています。

蔓延したとしても死亡率から見ても一位獲得は無理だと思います。

今の対策は生きる事を前提にした動きですからそれはそれで

多少死亡率を下げる効果はあるかも知れませなんが

自然終息が一番良い流れになると思います。

一度生まれ出たら二度産まれる事は出来ない

あるのは100%の死への道です。

その死を何とか切り抜ける努力は何れ死によってかき消されてしまいます。

日々を楽しく暮らし今をより良いものにするためには

病に立ち向かう事ではないと思います。

新型コロナをあまり誇大に膨らませたら

医療そのもの崩壊するだけです。

医療従事者こそそれによってギブアップし兼ねない状況ですね。

自粛させてあげたいくらいです。

医療従事者のクラスターを生みだしたいのでしょうか?

それを食い止めないと他のもっと多くの死亡する方の統計が

ますます数字が増えて来ます。

あまりに生を前提にすると違った形で犠牲者を増やしてしまいますね。