猫さんロードと裏猫日記

猫を通じて生き方を学んだり

外出する引きこもり族

引きこもりにも色々あって部屋に閉じこもる部屋族と

心を閉ざして外出する仮面族(仮の名)

そうだとすれば僕は仮面族だよね

どちらも社会に適応出来ない部類だと思う。

でもそれは生き抜くための手段だと思うので偏見は持たないで欲しい。

それは単なる食べ物の好みの違いなんだと言う感じで捉えて欲しいものです。

学生や社会人でも食べて行ける手段のある人は

部屋族になれるかも知れないが、経済的に働かなくてはいけない

環境にあると部屋族になれないのです。

どちらも正常な心の持ち主だと思いますが

まわりの人が異常者として捉えた時、そうなってしまいます。

「変人」だったり「あの人はおかしい」だとかですね。

社会に適応出来ないだけなので心そのものはおかしいわけでもなく

変人でもありません。

信号の赤白黄になれないようなもので個性の色がちょっと違うだけです

光なら可視光線から少し外れているだけで、音なら耳に届かないHzくらいなもので

みなさんと根本は変わりません。

 

僕の場合成人してから17年位は心の閉ざしたまま働いていたように思います。

必要以上の会話は全くしない。

「おはようございます」などの最低限必要な言葉と「はい」と「いいえ」

の肯定否定の言葉を多用したように思います。

それ以外は聞かれた事に対してその件だけを応える程度。

世間話の中にも居ないし、とにかく無口でした。

人が近づくと、来ないでくれ、話しかけないでくれのオーラーを

出し続けていました。

心を閉ざして外にいるわけです。

トラックの仕事が主だったので取引先など沢山のトラッカーが待機中

集まったりしていましたがその輪の中にも入れませんでした。

何年も同じ場所にいるわけだからトラッカーも僕の存在はわかっていますが

交流を持たないのであまり近づく人はいませんでした。

たまに見慣れた顔が近づいてくるのですが、僕に話かけようとする感じを

悟ったら、来るなよ近づくなよのオーラー出していました。

 

ある時です、そんな僕の事をおかまいなしに来る一人のトラッカーが

居たんですね、鈍感なのか初めて見る顔でした。

見習いで他の運転手に付いて来た運転手でしたが

その何でもないおかまいなしが何故か僕の閉じていた心を

開かせたのです。

10年以上通い続けた工場の中初めてこんな奴に出会った

その日から始めて他の運転手とも会話を交わすようになりました。

10年も同じ場所に通っていればどの顔も馴染み顔ですが

会話なんて交わした事もなかったのに、不思議な奴ですよね

会話を初めて交わし始めた時に他の運転手達は僕の事を

恐そうな男だと言っていた事を知りました。

その反対なんですけどね。

口々に話しかけてはいけないような雰囲気だから

下手に話しかけたらヤバイのではないか、そんな事で

話て見たいけど恐い。

 

びっくりだよね自信の持てない劣等感の強い僕が

人と接するのが苦手で恐くて避けていたのに、恐がっているのは

まわりのトラッカー達だったと言う事実。

 

あのおかまいなしの奴こそ純粋な人だったのだろう

人を疑う事なく無心で声をかけてくれたのかも知れないね。

それが僕の心を自然と開いてくれたのかも知れません。

成人して37歳までの17年間、いつも考え事ばかりしていました。

自分との自問自答ばかりの17年間でした。

愛とは死とは幸せとは平和とは

毎日繰り返し自分で答えを見つける日々だったように思います。

用意された答えは納得行かなくて、何故?ばかり考えたりしてね

でもその時間が今の僕に繋がっているし

何だかんだと求めていた色々な事柄に世の中に足りないもの

みんなの答えの中になかったものは

「思いやりと優しさ」でした

これが欠けた社会が今のみんなが見ている世の中だと思います。

 

やがて僕はトラックから降りるようになったのですが

その時には他のトラッカーの僕への見方は正反対になっていました。

「恐そうな人」から「凄く優しい人」に変わっていました。

 

そう言う事なのでみなさんのまわりにも暗い人や恐そうで

話しかけにくい人、鬱な人がいたら勇気を出して

無心で話しかけてみて下さい、また指の無い人や

入れ墨ある人も偏見持たず同様に同じ人間として無心になって話しましょう

きっと心開いてくれると思います。