ボヤキブログ

ただボヤクだけ

医者と言う存在は患者(客)より一段高い位置に居る

患者と言えば商売からするとお客さんなのだが病院に行くと

医者の方が偉そうにしているよねえ

対して何もしていないのにね、宗教じゃないが変に患者が

医者信仰しているように見える。

当たるも八卦当たらぬも八卦の度合いに見えるのだけどなあ

わからないまま薬を出すのが普通かも知れない。

殆どの軽い病は放っておけば治るはずだけど薬を手にすると

薬信仰に陥り注射をされると同様に信者となる

メスを入れられても術信仰に陥ってしまう。

医者も又暗中模索を繰り返し、それの効果だろうくらいの在り方だと思うな。

治すと言うより試行錯誤だ。

その結果が良ければ患者と同様の信仰に陥るのだろう。

 

聞いてみたいものだ薬を飲んだらどうなる?ってねえ

副作用の羅列みたら僕は服用する気にはなれないのだ。

手術してその後亡くなった人を見ると任す事はとても出来ないのだ

それなら病と仲良く過ごした方が自然に死ねる。

 

父は肺がんで亡くなったけれど

余命三カ月からそれは始まった、治療と手術で一年あるいは3年

あるいは5年‥‥。

二カ月で亡くなりました。

確実性の無いあるいはの言葉。曖昧そのもの。

その時のナースが父が亡くなった時言いました。

私の父が同じ病になったら家で看とりますと‥‥。

 

母は脳出血で亡くなった。

3日間入院しただけです。

手を施したところで治せるわけではないよねえ。

僕の価値観からだと余命3か月の父はその通りに生きれば良かったのだと

母は自宅で昏睡したまま眠るのが一番良かったのだろう。

遠い昔の町医者が往診で出来る事位で十分です。

運命は決まっているようなものだし何れ死は訪れる

あがけばあがく程苦しみは増す事でしょう。

 

確実性の無い治療程無責任なものは無い

これをやったら10年は保証するくらいでないとねえ。

その上で是非執刀させて下さいとお願いしてみな。

咳が出た咳止め

熱が出た解熱剤

頭が痛い頭痛薬

下痢をした

下痢止め

対処療法ばかりの無駄使い

 

新薬使いたい、新しい施術試したい

その度承諾書書かせて責任逃れは

自信も何も無い証拠だね。

そうして父は余命3ヵ月が2ヵ月ですよ

それも運命なんだけどね

すがるかすがらないかはそれぞれが自分の運命として

決めれば良しです。

 

手術するのに医者が患者にお願いしてお金を出すと言う構図なら

もっと具体的に本当の事がわかると思います。