猫さんロードと裏猫日記

猫を通じて生き方を学んだり

真の姿を知る事

昨日、子猫の死を記事にし、その写真を掲載しました。

酷いようだけど、目を背けると真実そのものが空想だけの世界になってしまいます。

これまで自分の子や妻にも出来る限り真実に目を背けないよう語ってきました。

身近な事では車に轢かれた動物の死骸など

目を覆ってしまうと命の尊さもまた覆い隠されてしまうので、しっかり見なさいと言って来ました。

戦争もそうだけどプライバシー保護や衝撃的な光景の与える影響を最小限にしてしまう事で、事故や殺人も軽いものとなり空想だけの産物になっています。

こうなってはいけないのだ!

してはいけないのだ! と心に命じるのは

真実に目を背けず、この目で見届けなけれは

心の奥まで届くはずもありません。

話を聞いただけでは耳で止まってしまいます。

誰だって見たくはありませんが

戦争は悲惨なものだ

殺人は酷いものだ

言葉だけで終わってしまえば

同じ!繰り返しを何度もすることでしょう。

 

何故か僕は正面から見ないと罪悪を感じてしまいます。逃げるのか?と自分に問うてしまいます。

思春期の頃から目を背けるのは

失礼な事のようにも感じていました。

過去原爆資料館を訪れた事がありますが

想像空想の域からは抜け出せません。

真実は万分の一で残りは想像しか捉えることは出来ません。

これならば轢死体を一体間近で見た方が

真実に近いです。

飯も喉を通らず吐き気をもようし

吐いてしまいます。

ニュースも殺人事件報道しても

現場を直に見るわけではないし

真実をそのまま報道することはあり得ません。

その結果、事件は日常茶飯事の一つとして

インプットされるだけなので。

またかで終わってしまいます。

これならば一切報道しないほうが

平和なんだなあと思えるのでは無いでしょうか?

中途半端に報道するから日常の出来事の一つになってしまうよね。

 

真実に直面すれば武器を持つことさえ

ためらうことでしょう。

人を殺めることもためらうでしょう。

世の中の酷い事象の報道は全て全て軽すぎます。