ボヤキブログ

ただボヤクだけ

胸が痛む 瀕死の子猫では無いにしても‥‥

一昨日見かけたあの瀕死の子猫ちゃん、目は片方異様に飛び出ていましたが

逃げる事もなく大人しく触れ、恐らくは目がどちらも見えていない感じでした。

しかし、猫好きのおじさんの話では家の近くを移動はしているとの事でした。

目の前に手をかざしても見えるようなしぐさは無かったのでみえないのでしょう。

さっき気になり、近くのエリアなので様子を見に行ったのですが

大きな黒猫と、トラ猫さん居ただけで何匹か居る子猫は見当たりませんでした。

また今度にしようと階段を下りていたら、雨を貯めるためなのか

使わないゴミ箱にトラ模様の猫の形をしたものが浮いていたのです。

この場所は色々な人形や置物が沢山あり、その一つで猫の風船だろうか?

と思い、指先でつついて見たんですね。

丁度ビーチボールや子供の腕にはめる浮き輪のような弾力、反発力が手に

伝わりました、しかし風船や浮き輪と違い浮いている部分が少なすぎるので

鼻を近づけて見て人形や浮き輪では無い事を悟りました。

 

あの瀕死の子猫はとても飛び上がるだけの視力もないだろうし

先日見た時もそんな感じはなく、その子猫は元気な子猫だったのかも知れません。

飛び乗って足を滑らせ落ちたのでしょうか。

裏返せば目を見てわかるのですが、通り道の脇とは言えど

勝手に人の家の物を触るには良くなさそうなので辞めました。

 

僕の知る限りでは、野良猫に餌を与えているのは

猫好きのおじさんと、このゴミ箱の所有者くらいです。

二軒とも隣り合わせだから故意に投げ込むなんて事はあり得ないから

事故なのでしょう。

またこのすぐ近くの畑の人や下に住む人は猫嫌いだそうなんですが

ネズミ位に思わない限り、やはり事故なのでしょうね。

写真も写しましたが今は掲載を辞めて置きます。

 

胸の痛むのは、命の重さではなく尊さから来るものです。

生あるものは何れその生を自然に返すわけなので

早い内に引き上げて埋めてあげればと思います。

 

僕にもまた遠い昔の記憶が、この様子を見て

胸が騒ぎました。

今は生き物大好き人間であり、虫も殺さぬ人ではありますが

幼少の頃はトンボをちぎって他の虫に食べさせたり

食用ガエルを釣り、コンクリートに投げつけ

その様子を面白がっていた時代もあります。

今日の子猫を見て遠い遠い昔の自分を水に浸かった子猫が

「お前のやった事はこんな事なのだ」と責められた気持ちになりました。

罪の意識の薄い頃だとは言え

生き物を軽く見ていた時代もあるのだ。

 

人生の運と同じく

定めの通りの姿でもあります。

これまで以上命の尊さを教えられました。